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2023年8月6日 死者をよみがえらせてくださる神

2023年8月6日 死者をよみがえらせてくださる神
コリント人への手紙 第二 1章8〜9節 池田恵賜 主任牧師 

さて、今日は久しぶりで色々とお分かちしたいことが沢山あるのですが、時間が限られています。何を分かち合うべきなのか、神様に祈った中で示されたことをお分かちさせていただきます。さっそく聖書を開きましょう。Ⅱコリント1:8-9です。

兄弟たち。アジアで起こった私たちの苦難について、あなたがたに知らずにいてほしくありません。私たちは、非常に激しい、耐えられないほどの圧迫を受け、生きる望みさえ失うほどでした。実際、私たちは死刑の宣告を受けた思いでした。それは、私たちが自分自身に頼らず、死者をよみがえらせてくださる神に頼る者となるためだったのです。”Ⅱコリント1:8~9

ここでパウロはコリントのクリスチャンたちに、自分がアジアでどれほどの困難をくぐり抜けてきたかということを語っています。それは「非常に激しい、耐えられないほどの圧迫で、生きる望みを失うほどだった」というのです。これが具体的にどのような出来事だったのか、パウロは語っていません。しかしパウロほどの人物がここまで言う訳ですから、よほどの困難があり、本当に死を意識したのだと思います。

今日のメッセージタイトルは「死者をよみがえらせてくださる神」です。今日はこの聖書箇所を中心に、「私たちが神を信じて生きるとはどういうことなのか」ということを考えていきたいと思います。

みなさんは、死に直面したことがあるでしょうか。「九死に一生を得る」という言葉がありますが、例えば大病を患い大きな手術をしたとか、大きな事故にあって「死を覚悟したけど、奇跡的に助かった」という、そんな経験です。

私にもそのような経験があります。1週間前の礼拝勝利祈祷会で私の父親が証ししていましたが、私が3歳の頃だったでしょうか、幼い頃に小長谷橋という橋から川に落ちました。5-6mの高さかと思いますが、川を覗き込んだときに頭から落ちてしまったのです。下には大きな岩がいくつもあり、直撃したら助からなかったと思いますが、九死に一生を得ました。それというのも、前日の大雨で上流からビニールハウス用の大きなビニールが流されて、橋の下の2つの岩の間に引っかかっていたのです。そして、ちょうど岩と岩の間のビニールのあった場所にスポッとはまる形で落ちて、私は無傷でした。このときのことは覚えてないのですが、小さい頃から「神に守られた証し」として聞かされていたので、いつしか私は「神に守られ、生かされているんだ」と考えるようになっていました。

さてパウロの話に戻りましょう。パウロは献身して主に忠実に従う人生を歩んでいました。しかし、彼は行く先々で何度も困難に遭い、死ぬような思いをしたのです。パウロは自分の人生を振り返って、このように言っています。Ⅱコリント11:23b-27を読んでみましょう。

“労苦したことはずっと多く、牢に入れられたこともずっと多く、むち打たれたことははるかに多く、死に直面したこともたびたびありました。ユダヤ人から四十に一つ足りないむちを受けたことが五度、ローマ人にむちで打たれたことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度、一昼夜、海上を漂ったこともあります。何度も旅をし、川の難、盗賊の難、同胞から受ける難、異邦人から受ける難、町での難、荒野での難、海上の難、偽兄弟による難にあい、労し苦しみ、たびたび眠らずに過ごし、飢え渇き、しばしば食べ物もなく、寒さの中に裸でいたこともありました。”
Ⅱコリント11:23b-27

パウロは主に従う人生を歩んだために、このような苦難を受けたのです。これらは献身していなければ、経験しないで済んだ困難だったでしょう。「主よ。私はあなたに従って生きてきました。それなのに、なぜこのような苦しみを味わったのでしょうか。あなたが全能で、愛なる神だというのなら、これらの苦難を取り除くこともできたでしょう。私はアジアで受けた困難のゆえに生きる望みを失ってしまうほどでした」と、パウロが不平を言ったとしてもおかしくない状況でした。

パウロが経験したほどの困難ではないにしても、私たちも人間関係で上手くいかない時、仕事上で思わぬトラブルが起きた時、物事がうまくいかない時など「私は神を信じているのに、なぜこのようなことが起きるのか」と、神に文句を言いたくなる時があります。なかには「神を信じていても、こんなに苦しむなら信仰を棄ててしまおう」と考えた人もいるのではないでしょうか。

しかし、パウロはどのような困難が襲おうとも、信仰を投げ出すことはありませんでした。なぜでしょうか。彼には特別に強い信仰が与えられていたのでしょうか。そうではないと思います。パウロがどんな困難に遭っても信仰を棄てなかった理由、それは、彼が困難の理由を理解していたからでしょう。もう一度Ⅱコリント1:9に目を留めてみましょう。

実際、私たちは死刑の宣告を受けた思いでした。それは、私たちが自分自身に頼らず、死者をよみがえらせてくださる神に頼る者となるためだったのです。”

「自分を頼らず、神に頼る者となるため」とパウロは言います。そして、その神は「死者をよみがえらせる神」だというのです。パウロが死ぬほどの困難、苦難に遭うのは「彼が死者をよみがえらせる神に頼る者となるためだ」というのです。

ここは大切なポイントですから、もう少し違う角度からも考えてみましょう。人がもし死を覚悟するほどの経験をしたならば、その経験は、その後のその人の人生に大きな影響を与えるでしょう。その人は、これまで以上に命の意味を考えるようになるでしょう。自分のこれまでの人生を見直して、時間の使い方や物事の優先順位、食生活や人との付き合い方も変わることでしょう。そして、信仰をもっている人ならば「自分は神に生かされている」と考えるようになるのではないでしょうか。

パウロ以外にもそのような経験をした人物がいます。賀川豊彦という人物です(写真1)。彼は大正時代から昭和初期にかけて活躍したクリスチャンです。非暴力と貧民救済を訴え、当時東洋一と言われた神戸の貧民街、いわゆるスラムに移り住み、貧しい人々を助けました。スラムに住んでいた人たちは、当時の社会の最下層に位置する人たちです。一部の富裕層に支配され、景気が悪くなったり、怪我や病気になったりすると切り捨てられたような人々が集まる地域です。

両親のいない子どもたちも多く、賀川はそこで子どもを引き取って育てたり、食堂を開いたり、日曜学校を開いたりして、精力的に働きました。しかし現実は厳しいものでした。不衛生のスラム街ではシラミやノミに毎日体をかまれ、周りでは乳児を養育費付きで貰い、栄養失調で殺してしまう貰い子殺しが横行し、何かあると暴力でカタをつけようとする連中、生きる気力のないような人たちが溢れていました。子どもたちだけが彼の生きる希望でしたが、彼の日曜学校の生徒の何人もが借金のかたに娼婦として売られていく、そんな状態でした。そんな活動の中で、彼は現在の労働組合や、農協、コープ(生活協同組合)といった相互扶助の組織を立ち上げていくことになるのです。

最近、賀川豊彦の功績が再び脚光を浴びていますが、彼自身の生い立ちはとても波乱万丈です。彼は徳島県の名家の「妾の子」として生まれました。幼い頃に両親を亡くし、本家に引き取られましたが、その本家も彼が15歳のときに破産してしまいます。突然訪れた極度な貧しさ、さらに追い打ちをかけるように、彼は結核を患い、自分の死を覚悟します。「この人生のいっさいは無意味、無価値ではないか。死だけが解決だ」と、彼は言います。しかし、そんなとき一組の宣教師夫婦を通して、賀川は神の愛に出会うのです。

信仰をもった彼は、自分の死を覚悟しながらも神のために生きる決心をします。このように言っています。

「神様は、こんな無価値な人生の中にも住んでいらっしゃる。いや神はこの無価値な人生を価値あらしめようとしてイエスにおいて人となり、この人生のただ中に現れたのではないか。神が自らの位を棄てて、ナザレの労働者イエスとして人間生活へ入り込んだというならば、我々が貧民窟に入って生活するくらいなんでもないことである。神は戦っている。私も神様のように奮闘しよう。」(隅谷三喜男著「賀川豊彦」より)

実際に、そのときの心境を彼はベストセラーとなった自伝的著書「死線を越えて」の主人公の口を通して、このように語っています。「どうせ、近いうちに死ぬのだから、1年か2年か、長く生きて3年位のうちには肺で死ぬのだから、死ぬまでありったけの勇気をもって、もっとも善い生活を送るのだ」と決心しました。死を目の前にして賀川豊彦は自分の人生を振り返り、神のためにとことん生きる決断をしたのです。

このときの賀川の心境を考えたとき、私の中に「土の器」の聖書箇所が思い浮かびました。Ⅱコリント4:7です。

私たちは、この宝を土の器の中に入れています。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものではないことが明らかになるためです。”

土の器

私たちは土の器です。落とせば割れてしまうような弱い存在です。しかし、この弱い土の器に宝が入っているのです。それは「イエスのいのち」という宝です。この「イエスのいのち」こそ真のいのち、永遠に続く最も大切で価値のある宝なのです。この「イエスのいのち」が入っているから、「私」という器は尊いのです。そして、神が望まれていることは、この器の中に入っている「いのち」を人々に明らかにしていくことです。これが私たちクリスチャンに与えられている使命です。

私は普段あまり「宗教」という言葉を使いませんが、敢えて言うなら、キリスト教は「いのちの宗教」です。本来の命を失った人間が、神のいのちを受け、神のいのちに生き、神のいのちを輝かせ、そのいのちを伝えていくのです。単なる知識ではありません。「神のいのちの温もり」が私たちを通して貧しい、命を失った人々に伝わり、拡がっていくのです。中心にあるのは「神のいのち」です。私たちの働きは、この「神のいのち」に関わることなのです。

「器」と、その中に入っている「宝」と、どちらが大切でしょうか。当然「宝」です。しかし、私たちはあまりにも「自分」という器に固執してしまっているのです。器がどう見られるのか、この器をどう飾り付けたら良いのか、器を長持ちさせるためにはどうしたら良いかということばかりを考えて、中に入っている宝を見えなくさせてしまっているのです。

自分を頼りにしない生き方

だから、神様は「大切なのは器ではなく宝だ」ということを気づかせるために、また私たちに自分を頼らずに生きることを教えるために、もう一度自分の人生はこのままで良いのかを考えさせるために、ときに死を覚悟するほどの経験をも許されるのです。

「自分を頼りにしない生き方」これが今日の第一のポイントです。

何を頼りにして生きるのか

そして、2番目のポイントは「何を頼りにして生きるのか」ということです。パウロは、はっきりと「死者をよみがえらせてくださる神を頼りにするように」と言っています。この「死者をよみがえらせてくださる神」というのが、今日最も大切なポイントです。これは「終わりの日に、神がすべての人をよみがえらせる」ということだけを指しているのではありません。「死者をよみがえらせる神」。このキーワードは先週、月井先生も語ってくださいました。アブラハムとイサクの出来事の中でも出てきます。ヘブル11:17,19です。

“信仰によって、アブラハムは試みを受けたときにイサクを献げました。約束を受けていた彼が、自分のただひとりの子を献げようとしたのです。
彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできると考えました。それで彼は、比喩的に言えば、イサクを死者の中から取り戻したのです。”ヘブル11:17,19

神の約束によって与えられたイサクだから、「たとえ死んでも神はよみがえらせてくださる」と信じたアブラハムの信仰を、神様は良しとされたのです。これはイエス・キリストの十字架を予表した型でした。イサクは助けられましたが、イエス・キリストは十字架で神の裁きを受けて死なれました。私たちの罪を背負われたからです。しかし、それは神のみこころでした。そして神のみこころに従って死なれたイエス様を神はよみがえらせたのです。神は旧約時代、やがて起こることを「本体の影」としてイスラエル人に示しました。イサクの出来事もその一つです。そしてイエス様が来られ、それらの影の本体を明らかにしました。

いま私たちは聖霊の時代に生かされていて、聖霊によってそれらの本当の意味を理解し、イエス・キリストの再臨と神の国を待ち望んでいるのです。死は決して終わりではありません。「自分を頼らずに、イエス・キリストを死からよみがえらせた神を信じて生きるようになる」とは、私たちの人生の決定権を自分ではなく、神に委ねるということです。それは「神が私以上に私のことを心配してくださる方であり、私を一番良い道に導いてくださる方である」との信仰の現れです。

ときに、私たちは「自分が神に生かされている」ということを理解するために、死を覚悟するような体験をするかもしれません。ある人は「自分の人生には意味がないではないか」という苦しみを体験するかもしれません。しかし、私たちを造られた神のもとに帰るなら、私たちは放蕩息子のように「死んでいたのがよみがえり」という体験をするのです。イエス・キリストの血によって、いま私たちは生かされているのです。

死線を越えて

さて、死を目の前にして神のために生きる決心をし、スラムに移り住んだ賀川豊彦は、その後、健康が回復し、多くの働きをしました。自らが死の淵を体験した賀川は、その著書「死線を越えて」の中で「すべてのクリスチャンは、この死線を越える体験が必要だ」と訴えています。彼はこう言います。『私たち日本人はいま「死線を越えて」キリストの血を輸血しなければいけない』と。

無価値だった私の人生を価値あるものとするために、キリストはいのちを投げ出してくださった。「その同じ覚悟を持って私は生きているか」とのチャレンジです。今日は聖餐式です。ともに「キリストの血潮を輸血していただいて、キリストに生きる者へと変えられる」そのような覚悟をもって臨みたいものです。

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