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2024年9月15日 イエスの十字架②〜とりなしの十字架、豊かないのちへの道〜 

2024年9月15日 敬老感謝礼拝 イエスの十字架②〜とりなしの十字架、豊かないのちへの道〜
ヨハネの福音書 10章18節 池田恵賜 主任牧師

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2024年9月15日 イエスの十字架②〜とりなしの十字架、豊かないのちへの道〜
ヨハネの福音書 10章18節

先週から「イエスの十字架」をテーマに考えています。今日は「とりなしの十字架」とサブタイトルを付けました。十字架は私たちの信仰の中心です。イエス・キリストの十字架がなければ、私たちは神様との関係を回復できません。イエス様のとりなしの十字架があって、初めて私たちは神様の前に立つことができるのです。今日はイエス様の十字架のとりなしということを「神の時」、「神の権威」という2つの視点から見ていきたいと思います。

「神の時」

イエス様は十字架に架かられるまで、しばしば「わたしの時はまだ来ていません」と語っていました。イエス様の周りの人たちは「イエス様こそイスラエルを救い出してくれるメシアに違いない」と考え、イエス様をリーダーとして担ぎ上げようとしますが、イエス様はあえてそのような場から身を引き「わたしの時はまだ来ていません」と言いました。

イエス様が言われた「わたしの時」とは、ご自身が「十字架に架かる時」のことです。そして、いよいよその時が来て、イエス様はこのように言われました。ヨハネ17:1です。

これらのことを話してから、イエスは目を天に向けて言われた。「父よ、時が来ました。子があなたの栄光を現すために、子の栄光を現してください。
ヨハネ17:1

イエス様は地上にいた時、常に十字架に架かる「この時」を意識して行動していました。人間的に見れば、「イエスの十字架」はユダに裏切られた時に起きたのであり、また祭司長たちが策略を巡らせた時に起きたように見えますが、そうではないのです。

イエス様は「人の計画した時」ではなく、「神の時」に十字架に架かったのです。そして、それが重要なのです。どうしてでしょうか。まず、イエスの十字架が「人の計画した時」に起きたのではなかったということを確認していきましょう。

祭司長、律法学者たち

初めに祭司長、律法学者の立場から見ていきましょう。マルコ14:1です。

過越の祭り、すなわち種なしパンの祭りが二日後に迫っていた。祭司長たちと律法学者たちは、イエスをだまして捕らえ、殺すための良い方法を探していた。

彼らは既にイエスを殺そうとしていました。しかし、続けて2節でこう言っています。

彼らは、「祭りの間はやめておこう。民が騒ぎを起こすといけない」と話していた。

祭司長、律法学者はイエス殺害の機会をうかがっていましたが、「今は過越の祭りで多くのユダヤ人が集まってきているからその時ではない」と判断したのです。確かに、彼らはイエス様を十字架で殺そうと策略を巡らせていました。しかし、イエス様は「彼らの計画した時」に十字架につけられたのではありません。彼らにしたら過越の時の十字架というのは想定外だったのです。そのような意味で、このタイミングでのイエスの十字架は「彼らの計画によるものではない」と言えます。

ここで少し、祭司長や律法学者は「なぜイエスを殺そうとしていたのか」を見ておきましょう。当時のユダヤの二大勢力はサドカイ派とパリサイ派でした。祭司長というのは、サドカイ派に属する人たちでユダヤの宗教的なリーダーであり、エリート階級の人たちです。それに対して律法学者は、主にパリサイ派に属する人たちで民衆に律法を教え、指導していました。サドカイ派が一部の特権階級の人たちで少数派であったのに対して、パリサイ派は労働階級の人たちをバックに人数的には最大の勢力を誇っていました。サドカイ派とパリサイ派は、「復活」や「天使の存在」などに対する教義の違いもあり、ときにぶつかることもありましたが、「イエスの殺害」ということで一致したのです。そこに至るには、それぞれにイエスの殺害を考えるきっかけとなる出来事がありました。それらを見ていきましょう

パリサイ派のきっかけ

まずパリサイ人がイエスを殺そうと考えるきっかけとなった出来事を見てみましょう。マタイ12:9-14です。

イエスはそこを去って、彼らの会堂に入られた。すると見よ、片手の萎えた人がいた。そこで彼らはイエスに「安息日に癒やすのは律法にかなっていますか」と質問した。イエスを訴えるためであった。イエスは彼らに言われた。「あなたがたのうちのだれかが羊を一匹持っていて、もしその羊が安息日に穴に落ちたら、それをつかんで引き上げてやらないでしょうか。人間は羊よりはるかに価値があります。それなら、安息日に良いことをするのは律法にかなっています。」それからイエスはその人に「手を伸ばしなさい」と言われた。彼が手を伸ばすと、手は元どおりになり、もう一方の手のように良くなった。パリサイ人たちは出て行って、どうやってイエスを殺そうかと相談し始めた。

パリサイ人は民衆に律法を教え、それを厳格に守らせることを大切なことと考えていました。そして律法の教えに背いた人たちを厳しく裁いたのです。そこにイエス様が登場して、律法の中心にある「神の愛」を説き、その愛を実践したのです。パリサイ人にとって、そのようなイエスの言動は自分たちの立場を危うくするものでした。そこでイエスの殺害を計画し始めたのです。

サドカイ派のきっかけ

次に祭司長たちです。彼らは世襲制でユダヤの神殿に関することを牛耳っていました。神殿では特別な通貨を用いていたため両替商がいて、彼らはそのレートで儲けていました。更にいけにえのための動物も売買されていて、大祭司一族はそれらで私腹を肥やしていました。イエス様の時代には、サドカイ派による神殿でのビジネスシステムが構築されていたのです。そのようなところにイエス様が来られて「宮きよめ」をなさったのです。マルコ11:15-18です。

こうして彼らはエルサレムに着いた。イエスは宮に入り、その中で売り買いしている者たちを追い出し始め、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰掛けを倒された。また、だれにも、宮を通って物を運ぶことをお許しにならなかった。そして、人々に教えて言われた。「『わたしの家は、あらゆる民の祈りの家と呼ばれる』と書いてあるではないか。それなのに、おまえたちはそれを『強盗の巣』にしてしまった。」祭司長たちや律法学者たちはこれを聞いて、どのようにしてイエスを殺そうかと相談した。群衆がみなその教えに驚嘆していたため、彼らはイエスを恐れていたのである。
マルコ11:15-18

イエス様は、神殿で金儲けをしている人々を追い出されました。それに対して「自分たちの資金源がおびやかされる」と考え、祭司長たちはイエスの殺害計画を立て始めたのです。実際、イエスの存在は彼らにとって日に日に大きな脅威となっていきました。そこでお互いに協力してイエスを殺そうとしたのです。ヨハネ11:47-48です。

祭司長たちとパリサイ人たちは最高法院を召集して言った。「われわれは何をしているのか。あの者が多くのしるしを行っているというのに。あの者をこのまま放っておけば、すべての人があの者を信じるようになる。そうなると、ローマ人がやって来て、われわれの土地も国民も取り上げてしまうだろう。」
ヨハネ11:47-48

ユダヤに何か起こったらすぐにローマ軍がやって来て支配を強めます。そうしたら彼らの権利や立場は奪われてしまいます。そんなことになったら大変です。彼らは「自分が正しい」という「義」の物差しを持っていて、それで人を測っていました。だから、自分たちの立場をおびやかすイエスをなんとか排除して、殺そうと考えたのです。しかし、彼らは「祭りの間はリスクが大きいからやめよう」と結論づけました。

イスカリオテのユダ

そんな彼らの計画が予定外に動き出したのは、弟子の一人ユダがイエスを裏切って彼らのもとにやってきたからでした。ルカ22:3-6を読んでみましょう。

ところで、十二人の一人で、イスカリオテと呼ばれるユダに、サタンが入った。ユダは行って、祭司長たちや宮の守衛長たちと、どのようにしてイエスを彼らに引き渡すか相談した。彼らは喜んで、ユダに金を与える約束をした。ユダは承知し、群衆がいないときにイエスを彼らに引き渡そうと機会を狙っていた。

ユダは3年半、イエス様とともに歩んだにもかかわらず、大事な場面でサタンにとらわれてしまったのです。「彼はお金に弱かった」とも言われています。しかし、サタンにつけ込まれた最も大きな要因は「彼の弱さ」にあるのではありません。「弱さ」ということで言えば、イエス様が捕らえられたとき、ペテロは「イエス様を知らない」と言って裏切ったし、他の弟子たちもイエス様を見捨てて逃げ出してしまいました。

私は、ユダがサタンにつけ込まれた最大の原因は「イエス様と人格的な交わりをもてなかったこと」だと思います。もし、ユダがそれ以前に心を開いてイエス様と語り合い、個人的な関係をもつことができていたら、失敗した後でも「イエス様のもとに帰る」という選択肢も思い浮かんだことでしょう。しかし、彼はそうしなかったのです。ユダも自分の物差しで、イエス様を測っていたのです。

イエス様は、私たちを「義・正しさ」という物差しだけで測るお方ではありません。もしそうであったら、私たちは誰ひとりイエス様の前に立てません。しかし、イエス様は「十字架」という物差しをもって私たちを測られるのです。この十字架の物差しは、神の基準に満たない部分をすべて埋めてくれるのです。だから、私たちは弱さをもったままで、欠けだらけの、そのままの姿でイエス様の前に出ることができるのです。どんな失敗をした後でも、自分で自分のことを許せなくても、イエス様の前に素直に出る訓練をしましょう。そして、十字架の前で膝をかがめ、悔い改めるのです。その時、イエス様はあなたを赦し、受け入れてくださいます。しかし、イエス様の前に出ないであなたの罪を隠すなら、サタンはそこにつけ込んできます。

「罪を悔い改めてイエス様の十字架の前に出る」のか、「罪を隠してサタンにつけ込まれる」のかで、あなたの人生は大きく変わっていきます。あなたがいま感じているよりも、十字架にあらわされた神の愛はもっと大きいのです。どんな罪も失敗も赦されます。その愛をあなたが体験することができるように祈ります。それにしても、ユダはイエス様を売ったとき、どこまで分かっていたのでしょう。ユダは自分の行ないを後悔して、「イエス様が死刑に定められた」と知ると自殺してしまいました。彼は「まさかそんなことになる」とは考えていなかったのでしょう。ですから、「イエスの十字架」はユダの計画でもありませんでした。

ポンテオ・ピラト

イエス様の十字架に関わったもう一人の人物、それはピラトです。ピラトはローマからユダヤに派遣された総督でした。彼はユダヤをしっかりと治めて、やがてローマに戻り、要職に就きたいと考えていました。では、「イエスの十字架」はピラトによる計画だったのでしょうか。そうではありません。ピラトは祭司長たちが妬みから行動していることを分かっていました。マルコ15:10です。

ピラトは、祭司長たちがねたみからイエスを引き渡したことを、知っていたのである。

そのためピラトは何度もイエスを釈放しようと試みます。一回目はルカ23:4です。こう書いてあります。

ピラトは祭司長たちや群衆に、「この人には、訴える理由が何も見つからない」と言った。

しかし、納得しないユダヤ人たちに、ピラトは再度イエスの無罪を強調して、こう宣言します。ルカ23:13-16です。

ピラトは、祭司長たちと議員たち、そして民衆を呼び集め、こう言った。「おまえたちはこの人を、民衆を惑わす者として私のところに連れて来た。私がおまえたちの前で取り調べたところ、おまえたちが訴えているような罪は何も見つからなかった。ヘロデも同様だった。私たちにこの人を送り返して来たのだから。見なさい。この人は死に値することを何もしていない。だから私は、むちで懲らしめたうえで釈放する。」
ルカ23:13-16

それでも彼らは納得しませんでした。そしてピラトは3度目にも釈放を言い渡します。

ルカ23:22です。

ピラトは彼らに三度目に言った。「この人がどんな悪いことをしたというのか。彼には、死に値する罪が何も見つからなかった。だから私は、むちで懲らしめたうえで釈放する。」
ルカ23:22

その地方の行政のトップである総督が3度も「無罪」と「釈放」を宣言しても、イエスは十字架につけられました。ですから、「イエスの十字架」はピラトが計画したことでもありません。ピラトが自分の決定を曲げてまで、イエスを十字架につける判決を下したのは、群衆の声が大きかったからです。マタイ27:20,23を読んでみましょう。

しかし祭司長たちと長老たちは、バラバの釈放を要求してイエスは殺すよう、群衆を説得した。ピラトは言った。「あの人がどんな悪いことをしたのか。」しかし、彼らはますます激しく叫び続けた。「十字架につけろ。」
マタイ27:20,23

民を恐れて、祭りの間は動かないことにしていたはずの祭司長たちが、ここに来て群衆の説得に成功しています。これはサタンの働きによるものでしょう。では、「イエスの十字架」は群衆が計画したことかというと、そうではありません。群衆は祭司長たちに説得され、自分の都合の良いと思う側に付いただけに過ぎません。つまるところ、祭司長、律法学者、ユダ、ピラト、群衆と、いろいろな人の関わりはあるものの、特定の誰かによってイエス様が十字架につけられることになったわけではないのです。つまり言い換えると、イエスの十字架は「人の時ではなく神の時だった」と言えるのです。

Ⅰテモテ2:6を読んでみましょう。

キリストは、すべての人の贖いの代価として、ご自分を与えてくださいました。これは、定められた時になされた証しです。
Ⅰテモテ2:6

イエス様の十字架が「神の定められた時に行われた」ということは、そこに「神の計画がある」ということです。その計画とは、全人類に対する「とりなし」です。先週見た「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という「裁きの十字架」は、この「とりなしの十字架」に繋がっているのです。神様は十字架上でイエス様のとりなしの祈りを必要とされました。だからイエス様は十字架で「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです」と祈られたのです。これはイエス様を十字架につけようとした「当時の人たちに対する祈り」というだけではなく、神に罪を犯した私たち一人ひとりのための「とりなしの祈り」なのです。イエス様は十字架で「私の罪」のためにとりなしをしてくださったのです。イエスの十字架、それは「神の時」に行われた「とりなしの十字架」なのです。

「神の権威」

次に「神の権威」という視点からイエス様のとりなしの十字架を見てみたいと思います。イエス様が、人によって十字架につけられたのではなく「自らの意思で十字架に架かられたこと」はとても大切なことで、次のみことばで明らかにされています。ヨハネ10:18です。

だれも、わたしからいのちを取りません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、再び得る権威があります。わたしはこの命令を、わたしの父から受けたのです。」

ここは有名なヨハネ10章、「良い牧者」の話の締めくくりの箇所です。イエス様はご自分のいのちを捨てる権威を持っていて、その権威を行使して「自ら十字架に架かる」と言っているのです。それは私たちの「とりなし」をするためでした。この「権威」ということを少し考えてみたいと思います。

「イエスを十字架につける」権威についてピラトはこう言っています。ヨハネ19:10です。

そこで、ピラトはイエスに言った。「私に話さないのか。私にはあなたを釈放する権威があり、十字架につける権威もあることを、知らないのか。」

また祭司長、律法学者もピラトを「権威が与えられた者」だと認めています。ルカ20:20です。

さて、機会を狙っていた彼らは、義人を装った回し者を遣わした。イエスのことばじりをとらえて、総督の支配と権威に引き渡すためであった。

それに対してイエス様はピラトへの答えとしてこのように言いました。ヨハネ19:11aです。

イエスは答えられた。「上から与えられていなければ、あなたにはわたしに対して何の権威もありません。
ヨハネ19:11a

権威には「人から与えられる権威」と「神から与えられる権威」があるのです。そして重要なのは、もちろん「神から与えられる権威」です。イエス様には、私たち罪人を十字架でとりなす権威が与えられ、その神からの権威を行使されたのです。

一方、ピラトはイエスを釈放しようとしましたが、その権威を行使することができませんでした。それが「人から与えられた権威」だったからです。マタイ27:24です。

ピラトは、語ることが何の役にも立たず、かえって暴動になりそうなのを見て、水を取り、群衆の目の前で手を洗って言った。「この人の血について私には責任がない。おまえたちで始末するがよい。」

神から与えられる権威とは、神に託されたことを成し遂げる力、権威のことです。イエス様はこの地上で「権威ある者」として歩み、病人を癒やし、目の見えない人の目を開き、悪霊の影響下にある人々を解放し、嵐さえも治められました。そして、私たちをとりなすために十字架に架かり、死んで3日後によみがえる権威も与えられていたというのです。

イエス様に与えられた権威は、父なる神のみこころに従うことによって与えられた権威でした。同じように、私たちにも神のみこころに従うことによって、神からの権威が与えられます。神から与えられる権威というと、マタイ28:18-20がパッと思い浮かびますが、今日はあえて良い牧者の箇所からまとめたいと思います。ヨハネ10:10b-11です。

わたしが来たのは、羊たちがいのちを得るため、それも豊かに得るためです。わたしは良い牧者です。良い牧者は羊たちのためにいのちを捨てます。

私たちに与えられているのは「豊かないのちを生きる」権威です。イエス様は私たちが豊かないのちを生きるために、良い牧者としていのちを投げ出されました。私たちは、その「豊かないのち」を生きているでしょうか。豊かないのちとは、自分の内側が満たされるだけで留まりません。キリストのいのちが祝福となって自分の内側から溢れて、周りの人々にも流れていくのです。イエス様のとりなしの十字架によって、私たちに豊かないのちを生きる権威が与えられました。私たちは、この権威を用いて人々を祝福しましょう。

その1つとして「いのりば」を用いましょう。「いのりば」に神の愛と霊が満ちあふれるように祈りましょう。そして、神に祝福されてほしいと願う方々を「いのりば」に招きましょう。イエス様の「とりなしの十字架」により救われた私たちも人々をとりなし、祝福を流していく器へと変えられていきましょう。

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