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2024年5月19日 祈りから生まれる真の教会

2024年5月19日 祈りから生まれる真の教会
使徒の働き 1章12〜14節 池田恵賜 主任牧師

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今日はペンテコステ礼拝です。ペンテコステは教会の誕生日です。ペンテコステの日、聖霊が使徒たちの上にくだり3000人が救われて教会が誕生しました。

教会の中心はイエス・キリストです。教会ではイエス・キリストの十字架を掲げ、イエス・キリストの御名で祈り、イエス・キリストを礼拝しています。しかし、教会が誕生したとき、イエス様は地上にいませんでした。そのときの様子を読んでみましょう。使徒1:3-9です。

“イエスは苦しみを受けた後、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。四十日にわたって彼らに現れ、神の国のことを語られた。使徒たちと一緒にいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。ヨハネは水でバプテスマを授けましたが、あなたがたは間もなく、聖霊によるバプテスマを授けられるからです。」そこで使徒たちは、一緒に集まったとき、イエスに尋ねた。「主よ。イスラエルのために国を再興してくださるのは、この時なのですか。」イエスは彼らに言われた。「いつとか、どんな時とかいうことは、あなたがたの知るところではありません。それは、父がご自分の権威をもって定めておられることです。しかし、聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。」こう言ってから、イエスは使徒たちが見ている間に上げられた。そして雲がイエスを包み、彼らの目には見えなくなった。”使徒1:3-9

イエス様は、よみがえられてから40日間、弟子たちに現れ、その後、天に昇っていきました。そして「彼らの目には見えなくなった」と記されています。教会の使命の大きさと弟子たちの信仰の状態を考えるなら、「イエス様が地上に残られて、教会の在り方についてしばらくの間、指導した方が良かったのではないか」と思ってしまいますが、それは神の方法ではありませんでした。神様は「教会の中心であるイエス様が天に上げられ、人々の目に見えなくなられてから教会をスタートさせた」のです。

よみがえられたイエス様が「見えなくなる」ということで、思い出すのはエマオ途上での出来事です。こちらも読んでおきましょう。ルカ24:13-16, 30-32です。

ところで、ちょうどこの日、弟子たちのうちの二人が、エルサレムから六十スタディオン余り離れた、エマオという村に向かっていた。彼らは、これらの出来事すべてについて話し合っていた。話し合ったり論じ合ったりしているところに、イエスご自身が近づいて来て、彼らとともに歩き始められた。しかし、二人の目はさえぎられていて、イエスであることが分からなかった。24:13-16

30そして彼らと食卓に着くと、イエスはパンを取って神をほめたたえ、裂いて彼らに渡された。すると彼らの目が開かれ、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は話し合った。「道々お話しくださる間、私たちに聖書を説き明かしてくださる間、私たちの心は内で燃えていたではないか。」”24:30-32

よみがえられたイエス様が共に歩んでいたとき、彼らの目は閉ざされていて、それがイエス様だとは分かりませんでした。しかし、その晩、宿でイエス様からパンを受け取ったときに分かったのです。彼らが「自分たちと共にいてくださったのはイエス様だ。イエス様は聖書の示すとおり死を打ち破ってよみがえられたのだ」と分かると、イエス様の姿は見えなくなりました。

エマオに向かっていた弟子たちが、「イエスはよみがえられた」と分かったときイエスが見えなくなったのと、教会が誕生するとき「イエスは天に上げられて見えなくなっていた」という出来事の両方に通じるキーワードは「信仰」が必要ということです。

1. 真の教会が建て上がるために

真の教会が建て上がるためにどうしても必要なものが2つあります。それは、「聖霊」と「信仰」です。聖霊と信仰がなければ教会は機能しません。「聖霊」は私たちに真理を示し、私たちはそれを「信仰」によって受け止めるのです。

教会のスタートにあたって聖霊がくだってきたことは、これまでに何度も話してきました。今日は「信仰」と、信仰を深めるために必要な「祈り」に焦点を当てたいと思います。

2. 「信仰」と「祈り」

「目で見ていないものを信じること」これが信仰です。

エマオに向かっていた2人の弟子は「イエス・キリストはよみがえられた」という信仰をもったのです。その信仰はイエス様が見えなくなってからも揺るぎませんでした。

一方、オリーブ山でイエス様が天に上げられ見えなくなった後、その場にいた使徒たちは祈りに導かれました。使徒1:12-14です。

そこで、使徒たちはオリーブという山からエルサレムに帰った。この山はエルサレムに近く、安息日に歩くことが許される道のりのところにあった。彼らは町に入ると、泊まっている屋上の部屋に上がった。この人たちは、ペテロとヨハネとヤコブとアンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党員シモンとヤコブの子ユダであった。彼らはみな、女たちとイエスの母マリア、およびイエスの兄弟たちとともに、いつも心を一つにして祈っていた。”

彼らは、イエス様が天に上げられる前に「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい」というイエス様のことばを聞いていました。次に何をしたらよいか具体的に分からない彼らは泊っていた場所の屋上に上がり、祈りへと導かれました。信仰を深めるのに「祈り」は不可欠です。聖書には、このように勧められています。Ⅰテサロニケ5:17です。

絶えず祈りなさい。”Ⅰテサロニケ5:17

私たちはどんなときでも祈るように勧められています。私たちは、嬉しいときに神をほめたたえて祈ることができます。悲しいときには、神の慰めを求めて祈ることができます。また、道を求めているときにも神の導きを求めて祈ることができます。不安なときも、怒っているときでさえ、神様は私たちの祈りに応えてくださいます。はじめは自分の感情を吐露するような祈りであっても、祈っているうちに心が変えられていくという体験をしたことはないでしょうか。祈りの中で自分の罪に気づかされ悔い改めに導かれたり、自分のことを祈っていたはずなのに相手のためにとりなし祈っていたりしたことはないでしょうか。

3. 御霊による祈り

祈りを通して自分が変えられるというのは、まさに御霊なる神様の働きによるのです。これを聖書では「御霊による祈り」といいます。このように勧められています。エペソ6:18aです。

あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい。”

御霊によって祈るとき、私たちは神に近づけられていくのです。なぜなら、御霊は神のみこころを私たちに示してくださるからです。Ⅰコリント2:10-12aを読んでみましょう。

それを、神は私たちに御霊によって啓示してくださいました。御霊はすべてのことを、神の深みさえも探られるからです。人間のことは、その人のうちにある人間の霊のほかに、いったいだれが知っているでしょう。同じように、神のことは、神の霊のほかにはだれも知りません。しかし私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神からの霊を受けました。”Ⅰコリント2:10-12a

私たちが御霊によって祈るとき、神のみこころが明らかにされるのです。ペンテコステを前にした弟子たちは「主よ。いまこそ国を再興してくださるのですか」と言って、最後まで神のみこころを理解できていなかったことが明らかになりましたが、その後の祈りの期間を通して教会誕生のための神の御心を知り、整える者へと変えられていきました。このことに関しては、2022年のペンテコステ礼拝で詳しくメッセージしていますので、関心のある方は教会ホームページの「過去のメッセージ動画」からご覧ください。

教会には「聖霊」と「信仰」が必要です。そして「信仰」は、「御霊による祈り」を通して深められていくのです。イエス様が天に上げられてから10日間、弟子たちは祈って過ごしました。真の教会はそのような祈りから生まれてくるのです。祈りが深められていない教会は、表面上うまくいっているように見えても、どこかでサタンに足をすくわれてしまいます。ですから、神様は真の教会を建てあげるために、ときに教会の中で問題が起こることを許してでも、私たちを祈りに追い込まれることがあります。

本郷台キリスト教会の初期にこのようなことがありました。

1977年、私たちは平和台チャペルを献堂しました。それまでの借家の会堂から自前の会堂となり、誰もが「これからこの街に根差して本格的に伝道がスタートしていく」と考えていました。しかし、翌1978年のある日、前主任牧師の池田博先生は突然、教会役員から電話で呼び出されたのです。何かと思い行ってみると、当時の役員、監事のみなさんが勢揃いしていました。どうやら、牧師が来るずいぶんと前から話し合っていたようです。そして、牧師が到着すると、口々にそれまでの不満をぶつけてきたのです。このときのことを、当時の役員の1人だった小林久子姉が50周年記念誌に書いていますので、お読みします。

「教会建設という大ビジョンに向かって教会が一致して取り組み、素晴らしい平和台の会堂が建ち、夢のような環境で礼拝が守られる日々が来ました。借金返済という避けられない重荷があって、牧師先生も牧会の方向性を模索されていたのではないでしょうか。牧師先生が韓国の教会に訪問に行かれた後、突然、私たちの礼拝の中に韓国の礼拝スタイルが持ち込まれたことがあります。それは、礼拝メッセージの最中に短い讃美をすることでした。講壇横に模造紙に書かれた4行ほどの単調な讃美が貼られ、『ハイ、皆さん讃美しましょう!』と、メッセージ中に何度もみんなが歌うように促されました。私は、この単調な讃美も、まとまりなく歌うことにも、どうにも我慢できなくなり、当時、共に役員として奉仕していた吉田哲子姉に『讃美が嫌だから教会を変わりたい』と打ち明けました。吉田さんは、たぶん『大変だ!』と思われたのでしょう。同じ役員の森登兄に話され、急きょ森宅に役員が招集されました。私は自分の気持ちを述べましたが、他にも教会のことで問題を感じていた人が話されたように思います。ある程度話し合ったので、池田牧師をお招きし、話を聞いていただくことになりました。
これは、牧師にとって青天の霹靂のようなショックとなったようで、この事件後、先生の髪の毛があっという間に減り、『息子たちから養毛剤をプレゼントされた』と講壇から伺って、微笑ましいエピソードだと笑いながら聞いていました。私の転会願望からの集会が先生の髪に影響したとは思ってもいませんでしたから…ともあれ、この話し合い以後、例のメッセージ中の讃美はなくなりました。」

これは、あくまで小林姉の視点で書かれていることですが、このとき別の役員の方は、博先生がペンテコステ派から来た兄弟を受け入れたことや、それまで使っていなかったテキストを洗礼準備で使ったことなどを取り上げて意見されたそうです。

様々な意見が出され、博牧師はその場で反論しようかと思ったそうですが、役員の方々の声を聞いている中で神様から「すべての声を聞いて主の前に出て祈るように」と示され、「分かりました。今日伺ったことについては祈って答えさせていただきます」と言って、その場から帰ってきたそうです。

そして、博牧師は教会に戻り、その日から断食の祈りを始めました。夜は毛布を持って平和台の講壇の前で仮眠をとりながら祈り続けました。

真の教会は祈りによって建て上がります。

断食、半徹夜の祈りを始めてから1週間が経ったとき、博牧師のもとに森登兄がやってきました。そして、彼は「自分は先生と役員との間に立つべきだったのに、そういう反発の声を止められなかった」と悔い改めてきたそうです。このことをきっかけに不思議と教会内の反発の声は収まっていったそうです。

問題を自分の力で何とかしようとするのではなく、まず主の前に持ち出すのです。そうすると主が働いてくださいます。さらに神のみわざはそれだけでは終わりませんでした。

当時は、信徒がいつでも祈りに来られるようにと、昼でも夜でも教会の鍵を開けていました。そんな中、1人の姉妹がよく夜に祈りに来ていました。彼女がいつものように母子室に上がって祈ろうとすると「チャペルの講壇からうめくような声が聞こえてきた」といいます。よく聞いてみると、それは祈りの声でした。その祈りは、博牧師の声で「『主よ。私です。彼らにそう言わせたのは私です』と祈っていた」というのです。

何が起きているのかは分からないけれど、自分たちの群れの牧者である牧師先生の苦しみの祈りを聞き、彼女は「主よ。私をこの牧師のために生涯とりなし、祈る器とさせてください」と祈ったそうです。この姉妹こそ、難波たみ子宣教師です。本郷台キリスト教会の歴史を知っている方なら、難波宣教師を通して、どれほど教会の霊性が高められてきたか分かると思います。

博牧師は、この時の痛み、苦しみに対して、自己弁護することもできました。相手の非を責めることもできました。しかし、そのようなことはせずに神の前に出て、自分に光を当てて祈ったのです。すると、神ご自身が立ち上がり、神の教会を建て上げてくださったのです。

4. 一致した祈り

神様はときに問題が起こるのを許してでも、真の教会を建て上げるために、関わる人を祈りに追い込まれます。そして祈りの中で悔い改めに導き、神のみこころを成し遂げるために整えてくださるのです。さらに、そこに真の教会を建て上げるための「祈りの勇士たち」を与えてくださるのです。

ペンテコステを前にして弟子たちは祈っていましたが、やがてその集まりは120名程になっていきました。彼らは一つとなって祈っていたのです。そして、彼らはのちに救われる3000人の受け皿となっていきました。

人々が御霊によって一つとなって祈るとき「神の教会」が建て上がります。日本のリバイバルを前にして、いま私たちに必要なのは「御霊による一致した祈り」です。10×10実現の年、私たちも祈りの中で整えていただきましょう。

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